妻へ 70代 兵庫県 第8回 入賞

十分休んできてね
高田 忍 様 73歳

 それは、あと二日で正月という日にやってきた。きっと、静かな正月を迎えさせようという心遣いであったと思う。

それから半年後、東京大学から感謝の集いに招かれた。医師から血液の病気で根本的な治療法はないと言われた時、絶望し「どん底」と日記に書いていたね。辛かったと思う。でも、残された日々を有意義に生きようと少しずつ変わっていく姿を感じた。ある日、病室に届けた新聞に、iPS細胞から血小板を作る研究をしている記事を読み、「寄付をしたい」と言ったね。思いもよらなかった。病気でも、世の中のことを考える姿勢は立派だと思った。

その日は君の写真を携え上京した。四十五年前に新婚旅行で訪れた時のように、銀杏並木から安田講堂を見上げた。講堂に入ると二階に続く踊場の銘板には、二人の名前が刻まれた。夫婦であったことの証だと、感慨深く見つめていた。

闘病記を書こうと思ったのはこの時だった。自分は前立腺癌、君は血液癌。この二人が病気に立ち向かった日々、絶望から希望への心の変化などを残しておきたいと思った。なかでも君の最後の言葉は是非書き残したい。徹夜で見守った明くる日、ホテルで仮眠をとるため病室を出ようとした時、「十分休んできてね」と言ってくれた。今でも忘れられない。最後まで人を思いやる気持ちを持ち続けた。君のような女性と結婚して幸せだと思った。

東京の出版社から出した本のタイトルは「カモミールおいしい」にした。メモに残していた言葉だ。何も喉を通らなくなり、カモミールのお茶だけになった。それでも何かに喜びと幸せを見出そうとしていたのだね。

本は友人や知人に贈った。君の親しい友人Mさんが「写真がもっとあれば」という感想を寄せてくれた。そこで写真を整理して、一冊のアルバムにした。出会いから共に暮らした日々、旅の写真などを入れた。やがてその日が来れば、一緒にページを繰って、苦しかったことや楽しかった日々を思い出そうね。

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