「おとさんとおかさんの所へ、早よ行きたいわ」
いつもそう言って、ベッドで寝ていた兄ちゃん。ちょっとボケてたけど、私が行くといつも目が輝いた。
「千代子か、お前、なんぼになったん」
そう言って、枕の下から四つに折った千円札を二枚くれる。飴買えだの、かりんとう買えだのと、私が小さい時に好きだったものを覚えている。
私が五歳の時、母が亡くなった。父ちゃんと兄ちゃんと私の暮らしが始まった。父ちゃんは畑仕事ばかり。まだ十六歳の兄ちゃんがお母さんになってくれた。
兄ちゃんは何でも出来た。洗濯も掃除も、うまかった。遠足や運動会のお弁当には、巻きずしを作ってくれた。参観日にも来てくれて、冗談ばかり言う兄ちゃんはクラスのみんなの人気者だった。
私が結婚する二か月前に父ちゃんも亡くなり、兄ちゃんが親代わりになってくれた。
「おらも苦労したけど、お前が一番可哀想じゃ。おとさんもおかさんも、早よ死んでしもうての」
門出のとき、兄ちゃんは大泣きした。
五十歳の時、私はバイクに乗っていて大きな事故に遭った。
「もう、バイクには乗るな。死んでしまうぞ」
お見舞いにきた兄ちゃんが叫んだ。それでも、私や家族に重箱いっぱいの稲荷ずしを持って来てくれていた。
兄ちゃん、おとさんやおかさんに会えましたか。おかさんは、私のこと覚えてましたか。おとさんは、私の結婚式のこと聞きましたか。
兄ちゃん、九月五日の命日にお参りに行ったよ。兄ちゃんの好きだった焼酎、持って行ったよ。いつも飲んでたのより、上等のを持って行ったよ。美味しかったでしょ。
兄ちゃん、七十年間も、おとさんおかさんしてくれてありがとう。私は元気ですよ。