母へ 60代 福岡県 第6回 銀賞 広告掲載

天国の母さんへ
原 幸生 様 67歳

 母さん、あなたは白寿を迎えたばかりの2010年の春、桜の花に見送られながら天国へ旅だちました。その数ヶ月前、星野温泉で白寿の祝いを催した時は、地酒に頬を染め、はしゃいでいたのに桜の蕾(つぼみ)が一輪また一輪と花開く頃に病み、僅かばかりの日数で帰らぬ人となったのでした。

 

子や孫が病むと「どうか私の命と引き換えに、助けてやって下さい」と、神仏に願をかけていた、母さん。母さんが92歳を数えた師走でしたね。長男が66歳の若さで突然病死。その日から幾日も食事もとらず涙を流し続けた母さん……。葬式の日のこと、母さんは火葬炉に送り込まれようとする棺桶(かんおけ)を両手で掴(つか)み、放そうとしませんでした。そして火葬炉から取り出されたばかりの遺骨を素手で掴もうとし、皆から止められたのでしたね。覚えていますか?母さんは火葬場からの帰りのマイクロバスの中で、骨壺(こつつぼ)を抱えた孫娘に「私に持たせて」と願ってそれを受け取ると、自分の体内に食い込ませるように抱きしめていましたね。耳をすますと車内に、母さんの呟(つぶや)くような歌声が流れてきました。今でも私の耳に残っています。「ねんねこせ……、ねんねこせ……」92歳の母さんが、骨壺に収められた長男を胸に抱き、子守唄を唄うなんて。おぼつかない足取りで歩く母さんの後ろ姿に命のはかなさと無常を見た思いがしました、母さん……。

 

それから7年、母さんが天国へ旅だった夜、お坊さまが「こんな穏やかなお顔をされた方をお見受けしたのは、久しぶりでございます」と感動した面持ちで話をなさいましたよ。

 

母さん、母さんは何の心残りもなく、安らかな心で天国へ旅だったのですね?いや長男を看取ったその日から、この日を心待ちにしていたような、そんな気がしてなりません。

 

母さん、母さんが愛した長男、そして先に天国へ旅だった父さんと再会しましたか?

「待っていたかい?寂しかったろう」と、顔をクシャクシャにしている母さんの姿が見えるようです。

 

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