あなたが八十五歳で他界してから、早や二年半が過ぎましたね。私は、あなたの写真を眺める度に、あの時の光景が頭をよぎります。
あなたが体調を崩したのは、八十歳を過ぎたばかりの時でしたね。それから日ごとに状態が悪化し、とうとう自力では起き上がれなくなり、施設でお世話になることになってしまいました。
それから三年余り経った頃、あなたは胆嚢炎を発症し、施設から病院に搬送され、緊急手術をすることに!
すごく心配したけれど手術は無事成功し、高齢ながらも驚異的な回復力に、みんなびっくりしていましたよ。
いよいよ退院の日がやって来て、私が病室で、あなたの身支度を整えているところへ施設のスタッフの方が車椅子を用意して迎えに来てくれましたね。
彼が、「さあ、帰りましょうか」と、あなたを促した時、あなたは、「どこへ?」と、呟きながら、私の目をしばらく見つめていました。
私は、あなたの熱い眼差しに耐え切れずに、思わず目をそらしてしまいました。
その瞬間、あなたは彼の方に顔を向け、「お願いします」と、きっぱりと言いましたね。
施設の車に乗り込む時も、見送る私に、「ありがとう。またね」と言って、あなたは笑顔を作って、手を振ってくれましたね。
あなたはいつも家族のことを思い、自分の気持ちはグッと抑えて、子どもたちが幸せであるように、自分のことで周りに迷惑がかからないようにと気遣ってくれていたことを、私はわかっていましたよ。
施設に面会に行っても、あなたは、ただの一度も、「家に帰りたい」とは言いませんでした。私を一番悲しませる言葉が何であるかを、あなたは知っていたのですね。
あの時あなたが私に送った無言の眼差しは、施設に入ってから、あなたがずっと胸の内に秘めていた唯一の願望を物語っていました。
お母ちゃんの気持ち、気付いていたのに、ごめん。
お母ちゃんの一番望んでる言葉を言ってあげられなくて、ごめん。
お母ちゃんの深い深い愛情に甘えてしまって、ごめん。
そして最後に一言……、こんな親不孝な娘をずっとずっと愛してくれて、本当にありがとう。