「見て見て母さん、できるようになったよ」「ほう、上手じゃね、すごいすごい」。
子供の頃、今までできなかった事ができるようになると、真っ先に母さんに報告に行ったね。
母さんの褒(ほ)め言葉と笑顔が何よりのご褒美(ほうび)でした。五十歳を過ぎた今、できる事よりできなくなる事の方が多くなってしまいました。老眼。気力、体力、知力の衰え。いつも眼鏡を探しています。そんな日々に落ち込んでばかりいたんだけどね。母さん、私、お箸がきちんと持てるようになったんです。
「なんでちゃんとお箸の持ち方、教えてくれんかったん」。
中学の時、友人にお箸の持ち方を笑われた私は母さんにこう言って八つ当たりしたよね。仕事の手を止め、お箸を持ってくれた母さんの指先は美しく優雅でした。さっそく真似してみたけれど、何度やってもうまくできず、すぐに諦めてしまいました。母さんのせいにして。そんな私が今頃になり、お箸の練習を始めたきっかけは、右手中指が曲がらなくなったから。お箸を持つと激痛が走ります。食事をする事が次第に億劫(おっくう)になっていたある日、主人の指先に目が止まりました。主人のお箸の持ち方はとてもきれいです。母さんのよう。こっそり真似してみると指が痛くない。その日から練習。毎日少しずつ少しずつ。以前の私ならすぐ諦めてしまう所だけど、子供二人を育てた今なら忍耐力には自信があります。一ヵ月もすると、何とか様になってきました。きちんと食べ物が挟めます。
「母さん見て見て。できるようになったよ」。
天国で褒(ほ)めてくれていますか? 女手一つで私を育ててくれた母さんは、何でもでき、何でも知っているスーパーマンのようでした。けれど母さんは人の五倍以上努力していたんだよね。夜中に漢字の練習をしていた姿を思い出します。母さんに負けないよう私もまだまだ頑張ります。今度は何に挑戦しようか。
「見て見て母さん。できるようになったよ」。