最後にお母さんに嘘をつきました。あのカーネーションは青でした。
今年の母の日、閉店間際の花屋へ駆け込みました。仕事が遅くなってしまい、やっと見つけたお店でした。それでも母の日用の花束は売り切れで、店の奥の売れ残った数本のカーネーションを買ったんです。青いカーネーションでした。
お母さんはピンクが好きでしたね。元気の出る色だからと言っていました。だから私は毎年ピンクのカーネーションを渡していたのに、どうして最後の最後だけ青になってしまったんでしょう。
私は病室で小さな青い花束を「母の日だから」と言って枕元に置きました。あの時、脳にできた腫瘍が大きくなってしまって、お母さんの目は見えていませんでしたね。だから私は、青でいいやと思ったのかもしれません。いいえ、どうせ分からないのだから何色でもいいだろうと思いました。
すると、あなたは「綺麗ね」と小さな声でつぶやきました。お母さん、あのカーネーションはピンクではありませんでした。深海みたいに寂しくて、血管みたいに静かな青でした。私はバツが悪くて早めに病室を出てしまいました。母の日なのに、お母さんに感謝の言葉も言えませんでした。
その翌週、あの青いカーネーションは棺桶の中にありました。菊やユリにまじって、あなたの足元に置かれていましたね。あの日もう一軒花屋を回っていたら、前日に用意していたら、お母さんの好きなピンクのカーネーションを渡せたかもしれない。白足袋を履いたあなたの小さな足を見ながら、何度も後悔しました。
最近になって、私は青いカーネーションの別名を知りました。「ムーンダスト」です。その名には「月のように柔らかな包容力のある花であってほしい」という思いが込められているそうです。それはまるであなたでした。お日様の下では見えないけれど、いつも空で見守ってくれている今のあなたそのものでした。
お母さん、あのカーネーションは青でした。フランス人形の瞳のような、宇宙から見た地球のような美しい青でした。来年の母の日はピンクと青どちらのカーネーションがいいでしょう。両方にしておきましょうか。