お母ちゃん、そちらの世界も、紅葉が始まりましたか? 我家の前の桜の木の葉も美しい秋の装いになりました。
この季節になると、お母ちゃん、私決まって小学校時代の修学旅行を思い出すの。
物資不足の戦後間もない私達の修学旅行は、皆んな二合づつのお米持参のバス旅行でしたね。
朝早く、コトコトと音がする台所を覗くと、お母ちゃんが背をこごめて一心に私の弁当作りをしてくれている姿が目に入り、何だか悲しい程有難かった事を思い出すの。
初めてのバスの長旅、実はあの時、車酔いで私はせっかくのお弁当を食べれなかったの。
新聞紙に包まれたその弁当に、お母ちゃんが大きな字で「旅は楽しいですか?」と書いてくれた文字を見て涙が出そうだったの。
旅館に着いて、いよいよ夕食という時、私は手つかずのお母ちゃんの弁当を思い出し、子供心にお母ちゃんが可哀想で捨てる事が出来なかったの。
そっと部屋の片隅で開いて食べようとした時、担任の先生に見つかって「もうすぐ夕食ではないか! そんな弁当は食べるな!」って叱られたの。私は悲しくて悲しくて、あの時とうとうお母ちゃんの愛一杯の手作り弁当を食べる事が出来なかったの。
帰ってお母ちゃんに「弁当は、おいしかったかね?」と聞かれたけど、私は涙が出そうで、ただ「うん」と頷いただけ……。
お母ちゃん、あの時はさぞがっかりした事でしょう。お母ちゃんを喜ばせる返事が出来なくて、本当にごめんなさいね。
秋の季節になると、歳を重ねた今でも、あの修学旅行のお母ちゃんの手作り弁当の事が想い出されて、お母ちゃんが無性に恋しくなるの。
戦中、戦後の苦しい中、よくぞ八人の私達兄妹を育ててくれて本当にありがとう。
子供の頃、お母ちゃんが擦り切れた着物の裾を繕っている姿を見て「私が大人になったら絶対良い着物を買ってあげよう」と思っていたのに十分な親孝行が出来なくて、本当にごめんなさいね。
お母ちゃんとの最後の別れの時、私が耳元で「私はお母ちゃんの娘に生まれて、幸せだった」と言う事が出来たのが、たった一つの私の親孝行だったと今思うの。
お母ちゃん、そちらの世界でどうぞお心ゆったり幸せでありますように祈っています。