母へ 40代 東京都 第4回 入賞

ありがとう……が言えなくて
酒井 正子 様 40歳

 30年前に父が亡くなり、私と妹を優しく、時には厳しく愛情持って育ててくれた母に、肺がんが見つかり、手術も終え、抗がん治療をしていた矢先の再発。そして、余命3ヶ月の宣告でした。

緩和ケア病棟に移り、食欲の落ちた母に、少しでも食べてほしくて、東京に住む私は、週末毎(ごと)に母の好きな食事をいろいろ作り、持参すると「今週は何かな。遠足みたいでお弁当開けるのが、楽しみなのよ」と言う母が、会う毎に少しずつ、小さく小さく静かになっていき、私は側にいて、なるべく普段と同じようにおしゃべりしたりしていました。

寝ている時間が長くなり意識がもうろうとしている母の寝顔を見ると、思いがこみあげ、たまらなく寂しくなり、声をころし泣いてしまいました。すると、母が目を覚まし、「どうして泣いているの?」と言うので、「なんか、寂しくなっちゃった……」と言うと、「お母さんは、今が一番幸せなんだから、寂しくならないで。娘たちが大きくなって、幸せを築いている事を見届けられ、週末は娘たちが側にいてくれて本当に今、幸せなんだから……。だから泣かないで……」と弱々しいながらも私を気遣い、笑顔で言う母に、「お母さんが幸せなら、私も同じで幸せだね」と言うのが精一杯でした。

泣き言、我が儘も一言も言わなかった母。あらたまって、感謝の言葉など口にだせば、母がいなくなりそうで、思いはあっても怖くて言えず、言えないまま、1週間後静かに眠るように母は父のもとへ旅立ちました。

お母さん、いつも、私を見守り、私の背中を押してくれてありがとう。本当に、本当にありがとうございました。私は母の娘として、母を目標に今を生きていきます。

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