あなたがこの世を去って十三年が過ぎました。世の中の変化は急速で白髪の老婆になった私は戸惑うことばかりです。
私達の出会いは、あなたが二十六歳の医学研究生、私が女子大在学中の二十歳の時でした。父親同士が先輩後輩の仲で、安易に決められた感はありましたが、その時代はそれが普通で、二人共すんなり受入れ二年後私の卒業を待っての結婚でした。
あなたは九州男児の亭主関白で、必要最低限のことしか云わず、私にも「要らぬことは云うな、聞くな」で、会話の少ない、私にとっては楽しくも嬉しくもない新婚時代でした。
あなたの気持を一生懸命に理解しようと努力しア、ウンの呼吸でお互い通じる様になる迄十年近くかかったでしょうか。
でも不思議に別れようと思ったことは一度もありませんでした。甘い言葉も優しい言葉もかけられず、名前さえ呼ばれたことなく「おい!」で通されましたが、心の底のあなたの優しさは、結婚生活の歳月と共に私にじわじわとしっかり伝わっていました。
華やかさはなくとも、いい勝負のベストカップルだったと自負していました。
争うことも記憶にない位五十五年を共にし沢山の幸せな思い出が残りました。
至らなかった私を厳しく育てて頂いたお蔭で、一人になっても周囲に甘えず、自立して日常生活が今なお送れ感謝です。
病理学者としてひたすら謙虚に学び、自分に厳しく、生活は質素で、ロマンを持ち心豊かに一生を終えたあなたを尊敬し生れ変っても又共に生きて行きたいと願っています。
でも今度は、心に思うことは素直に表現しもっともっと愛に溢れる日常生活を送りたいと思います。そして一度も実現しなかった手をつないだり、腕を組んだりして外を歩きたいものです。
私がそちらの世界に行く日も遠くないと思いますが、再会のその時は手を広げ「恵美子待ってたよ」と私をだきしめ迎えて下さい。
又会う日を楽しみに。さようなら。