夫へ 70代 東京都 第1回 入賞

天国のあなたへ
霜鳥 早苗 様 72歳

 あなた、憶えていますか。いつでしたか秋晴れのある日、呉服店の社長さん宅の塗替工事を頼まれていましたよね。近所でしたので私は家事を終え、あなたの仕事の現場に行きました。三時頃、仕事を終えたあなたは、私の側に来て「なあー、普通は三年しか持たないのだけど、俺が塗ると五年は持つのだぞ」と塗り終えた二階建の家を見上げながら、満足そうに、誇らしげに言ったわネ。そのときのあなたの眼はキラキラと職人の誇りというものに輝いていたように見えました。

 「あなたは、器用で、ほんとうに腕が良いのねえ」商売抜きに、自分の腕を何より誇りにしているその職人気質に、八歳年上の女房の私は、改めてあゝ、この人と一緒になって良かったのだと感動していたのをあなたは知らなかったでしょ。

 年上故に結婚を一生懸命断わる私を、僕が良いと言うのだからと、そこまで言ってくれるならと世帯を持ち、可愛い子にも恵まれましたね。赤子が一晩中泣いたとき、早朝の仕事があるにも拘わらず、赤子を毛布にくるみ親子三人で、公園のベンチで朝を迎えたこともありましたネ、思い出すとなつかしさで涙が出ます。

 「お前が、年とって病気になったら、僕がおんぶしてあげるから大丈夫だよ」って言ったのに。約束してくれたのに

 突然に、あまりに突然にあなたは天国へ旅立ってしまったのですね。書きたい事、山ほどあるけれど、今日はこれでおしまいにします。天国で、沢山、沢山、お話ししましょうね、ほんとに沢山、約束ですよ。

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