夫へ 70代 千葉県 第11回 入賞

主人とコーヒー
坂井 貴美子 様 74歳

 私はバスに乗るため、主人が毎日利用したバス停に向かった。久しぶりに歩いてみるとなだらかな坂道が続き、こんなに遠かったかと思う程の距離だ。肺気腫の主人はさぞ苦しかったと思う。

主人はやっとバス停のベンチにたどりつき乱れた呼吸を整えたことだろう。

お医者さんが「酸素ボンベを使えば、もっと楽に呼吸が出来ますよ」と何回も言って下さっても、頑固な主人は「酸素ボンベなんか引っぱって歩けるか」と拒否していた。

苦しい中コーヒーを飲みに毎日喫茶店へ通っていたのだ。喫茶店で新聞を読み、知り合った人とおしゃべりをして帰ってくるのが、定年後の唯一の楽しみだった。

私はバス停のベンチに座り、亡き主人の姿を思った。秋の日ざしの中、バスが来た。

「おー」と手をあげ主人がおりてくることはもうない。

私は主人の好きだった一番後ろの窓辺の席に座った。バスはゆっくり動き出した。

突然「もう一度主人と一緒にコーヒーが飲みたい!」という思いが込み上げてきた。

コーヒーの味を教えてくれたのは主人なのだ。結婚四十八年間、わがままな私を守ってくれたこと感謝しています。

あちらにいってもきっと好きな音楽を聞きながらコーヒーを飲んでいるのでしょう!

 

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