夫へ 60代 新潟県 第4回 佳作

お父さん又ぶら下がって歩いていい?
権平 のり子 様 66歳

 お父さん、庭の百日紅の花が一枝二枝と咲き始めましたよ。寝ていたあなたに最後に見えていた光景が、この赤い花だったと思うと、私にはこの花がとてもいとおしく感じられます。あなたが逝って二回目の夏を迎えました。今年の夏は殊の外(ことのほか)暑く「あなたがあのまま床に臥していたら、この暑さがどんなに辛いことだろう」と遠くを見ながら思っています。

「母ちゃん、最期まで家で暮せるような、そんな家にしたいな」と言って建てた私達の家。居間にも寝室にも廊下にもあなたの写真を飾り、元気なあなたの顔を眺めています。「お父さん、おはよう」今日もあなたに声をかけているの聞こえるでしょ?

思えば、親に命令されて、嫌々ながら出かけたお見合でした。あなたも似たような状況だったとか。同じ町に住みながら、一度も会ったことはなく、見合写真は運転免許証の写真。父に「こんな人、嫌だ」と言ったら、「人を表側だけで判断してはいけない。お会いしてみなさい。おまえが気に入らなかったら、私が責任持って断るから安心しなさい。とにかくお会いしてみて、それから決めなさい」という父の言葉に背を押されて、渋々と指定された新潟駅前の時計台の下に立った私。あれから四十三年。三人の子供に恵まれ、かわいい四人の孫たちの成長も楽しませてもらいましたよね。座布団の上に、ちょこんと置かれた私達の初孫の姿に「ウワーッ!」と歓声を上げていたあなたの姿が、私の目に焼きついています。

あなたが逝って、私は私自身の人生も終ったと感じていました。あなたの温もりと笑顔が消えてしまった家で、虚しい日々を徒に費やして数か月、「このままではいけない」と私は感じ始めていました。沢山の友人達に愛され、多くの取引先の方々からも厚い信頼を寄せられていたあなたの妻として、こんな腑抜けな日々を送っていてはいけないと私は思い始めていました。「なんだ一(はじめ)の母ちゃんて、あの程度の女だったのか」と言われては、見事な人生を生き切ったあなたに申し訳ないと気付きました。私は今までも、そしてこれからも“一の母ちゃん”ですものね。

この世の最期の息の中で、あなたはきっと私に言ってくれたことでしょう。「母ちゃん俺はいつ迄(まで)だってお前のことを待っているから安心せいや。これからも、お前らしく元気に暮せよ」と。「さすが一の母ちゃんだ」とあなたの友人達に言ってもらえる様に元気に生きるから見ててね。

お父さん、私の旅立ちの日には、絶対に迎えに出ててね。再会したら又、あなたの腕にぶら下がって歩いていい? 「ほら手離せや、みんながジロジロ見てるねっか」なんて言わないでね。その日を楽しみに待っています。それでは、その日迄ね。

 

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