夫へ 70代 秋田県 第12回 入賞

お父さんへ
加藤 逸子 様 75歳

お父さん

天国での毎日には、もうすっかり慣れたでしょうか。小さい時に死別した両親、お父さんを育ててくれたおじいさん、おばあさん、早く逝った友達、あの人この人には会うことが出来たでしょうか。家にいた時のように勝手気儘は少し控え、皆さんに嫌われないように仲良く過ごして下さいね。

思えば自営業だったために、いつもいつも一緒だった私達の五十年という歳月、仲良く暮らせた秘訣は、と問われればお互いにかくしごとをしなかったことと答えます。

でも、私、かくしごと、してしまいました。

元気だったお父さんが入院して、先生から体全体が弱ってるので長いことないと告げられた時は、ショックで帰りの運転で土手の石に車ぶつけてしまったの。今まで一度もぶつけたことなかったのにです。

まったく自信をなくしてしまい即、廃車にとりかかりました。免許も返納しました。

あんなに車の運転が好きで、九十才まで続けると意気込んでいたお父さんには、とてもとても言えなくて、車の話が出るたびに、なんとかごまかし続けました。お父さんの承諾なしにこんなことをしたのは、はじめてでした。お父さん、ごめんなさいね。許して下さい。

柩の中で春のうたたねのようにしている傍らに、そっとお父さんの免許証入れました。

天国でうまい具合の車、手に入れたでしょうか。まずは両親を乗せて走って下さい。

「一郎が運転するなんて」とびっくりしているでしょう。おじいさん、おばあさんをも乗せて方々まわって下さい。思う存分走って下さい。天国では交通事故などないものと、勝手に想像しております。

泣いたり嘆いたりするより、お父さんと過ごした我が人生を華やかなものに仕立てあげたく私はがんばってます。車のない一人暮らし、行政やまわりの方達の手助けを得ながら、思いのほか暮らしやすさを感じてます。

私のことは、心配しないで下さい。いつかは必ず逝くのですから、待ってて下さい。

 

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