「末期の癌にかかっています。余命は……、そうですね。次の桜が咲くまでもつかどうかでしょう」
おばあちゃん、あなたが医師からこう告げられたのは私が高校生の時だったね。大阪で一人暮らしをして
いたあなたはいつも華やかでマイペース、そして底抜けに明るい人だった。癌と宣告されて落ち込むのかと思いきや、いつもと変わらぬ様子で一人電車に乗り、いろいろな土地のお世話になった人達に会いに行ったりしていたね。
その頃のことで、私は一つ忘れられない出来事があります。それは冬のある日、あなたがひょっこり我が家に泊まりに来た時のこと。何日目かの早朝、私が部活に行こうと玄関で靴紐を結んでいると、眠っているはずのあなたが急いだ様子で私のもとに駆け寄ってきた。そして、驚く私の両手をとり、真っ直ぐに目を見てこう言った。
『むっちゃん、頑張らなくていいからね。体に気をつけて、怪我だけはせんといてね』
思わず涙がこぼれた。あなたの温かな思いに胸を打たれると同時に、「こんなことを言うなんて、元気を装ってはいてももうおばあちゃんは長くはないんだ。今ここで別れたら、もう二度と会えないかもしれない」などと様々な感情が頭の中を駆け巡り、あの日は泣きながら駅に向かったことを、私は今でも覚えています。
それからまもなくのことでした。冬なのに変に窓の外が白く眩い静かな朝、あなたはこの世を去った。もう二度と、あなたと会って話をしたり、抱きしめたりすることは叶わない。それでも、生前のあなたの姿や言葉の数々は、私の心に深くやきついています。どれほど苦しい状況でも決して希望を捨てず、逞しく楽しく生き抜いたあなたの強さ。そして、自分のことよりも私を気遣ってくれた深い優しさ……。「頑張らなくていい」。無理をしがちな私は、この言葉にどれだけ救われたか分かりません。
私ももう社会人。日々を生きていく中で、物事がうまくいかず、全てが嫌になることもある。しかし、そのような時こそあなたから貰った言葉を思い出し、肩の力を抜きながら、あなたのように強く優しく生きていきたいと思います。あなたからの最期のエールを、私は生涯忘れません。
人生は辛く苦しく、しかしそれでいてたまらなく尊く愛おしい。この世界で、与えられた生命を全うすべく、私は今日も懸命に生きてゆく。こう思わせてくれた私の大好きなおばあちゃんへ。今、心からありがとう。