父へ 40代 神奈川県 第9回 入賞

約束のウィスキー
小岩 弘子 様 41歳

 お父さんに報告があります。彼が結婚の挨拶に来てくれたのは、2008年11月。

彼が帰った後、お母さんとリビングで「本当に良かった」と嬉しそうに話していたあの日の光景が忘れられません。それから3日後、お父さんは散歩中に突然倒れてしまいましたね。脳出血による意識障害の中、1年4ヶ月色々な事がありました。一人っ子の私は、お母さんと交代で介護するつもりでした。でも、段々とお母さんの奇妙な行動が目立ち始め、最初は心労かなと思っていましたが、お父さんが倒れて3ヶ月後に自宅に戻れなくなり、認知症と診断されました。なかなか受け止める事が出来ず、随分お母さんと言い争いもしました。お父さん、聞こえていましたか? 病室の枕元で「お母さん、どうなっちゃうの? 私、どうしたら良い?」と語りかけていた事を。

お父さんは、病気になっても尚、私を育ててくれていましたね。仕事を続けながらの家事と介護は辛かったけど、お父さんが頑張って生きていてくれたから、私も頑張れました。お父さんの娘で幸せでした。ありがとう。

お父さんが逝ってしまい、お母さんの病状が進行する中、私の心はどんどん荒(すさ)んでいきました。そんな私を気遣い、彼は何度も「お母さんも一緒に」と言ってくれましたが、彼の優しさが辛くなり一周忌を迎える頃に別れてしまいました。それでも彼はいつも側で見守ってくれ、あの挨拶から8年目の来月、結婚します。

お母さんは、昨年から施設に入居していますが、元気です。勿論、挙式にも写真のお父さんと一緒に参列してもらいます。お母さんの事は、任せてください。私たちは大丈夫だから、心配しないで空から見守っていてね。お父さん、私は幸せです。お父さんとお母さんの最後の鮮明な幸せの記憶の中に、私と彼が居る事が出来て本当に良かった。彼があの日、持って来てくれたお酒、覚えていますか? お正月に一緒に飲む約束をしていたウィスキー。やっと開けられます。お父さん、乾杯!!

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