お父さん。最近やっとお父さんと、心の中で呼べるようになりました。お父さんと暮らした記憶があまりなかったし、お父さんはいつもよそ見ばかりして、なかなか私を見てくれなかったから、お父さんという言葉さえ忘れてしまっていました。お父さんが家を出て行ってからというもの、お母さんと私は生活に追われるようになり、不安と孤独が常についてまわりました。その鬱屈(うっくつ)した気持ちを抱えたまま、青春時代も謳歌できずに私はただ、悶々(もんもん)とした日々を送る毎日でした。しかし、そんな環境の中でも決して悪い道にもそれず、今まで頑張ってやってこれたのは、お母さんがいつも傍にいてくれたおかげだと思います。お母さんは私を養うために、昼夜問わず一生懸命働いて、私を大学まで行かせてくれました。だから八年前、お父さんが危篤だという知らせを受けた時も、私は病院に駆けつける事もせず、普段通り大学の講義を受けていました。私を捨てて出て行った当然の報いだとその時は思ったのです。
お父さんが亡くなってしばらく経った頃、私の元に一通の手紙が届きました。手紙には、決して綺麗とは言えない大雑把(おおざっぱ)な字でこう書かれてありました。
「ミサトへ。もうすぐ成人式だろ。お金が要ると思って、少ないけど五万円入れておく。今まで何もしてやれなくて、本当にごめんな」
急に頭を殴られたような気持ちになって、私は力なくその場に座り込んでしまいました。そして、その字は次第に霞(かす)んで見えなくなり、やがてそれは嗚咽(おえつ)の涙へと変わっていきました。
お父さん、私はお父さんに捨てられたとばかり思って今まで生きてきました。でもお父さんは、私の事を忘れた事なんて一度もなかったのですね。この手紙でそれがやっと分かりました。離れていても、ちゃんと私の事を想っていてくれたのですね。お父さん、ありがとう。そして私お父さんに、今すごく会いたいです。