ねぇ、お父さん。
最後に一緒に出かけた日のこと覚えてる? 渋谷でやっていた小さな絵画展。私が行きたがっていることを知り、重い体を起こしながら「行こうよ」と言ってくれたね。少し歩いただけで息があがってしまう体を支えるように胸に手をあてて、ゆっくり、ゆっくりと歩く。それでもお父さんは私の前を歩いていたね。「この絵が好き」と言って、息を整えるように静かに絵を見つめていた父。あの時、何を考えていたの?今だったら聞けるのに。
父が肺癌の末期だと分かってから、父は家で過ごした。私はできるだけいつも通りに、できるだけ素直に、できるだけ側にいようと決めた。
父を挟むようにして私と母が両腕をマッサージしている時、私が「両手に花で良いね」とふざけると、父は即答で「うん、幸せ」と笑った。私が手を握っても、握り返す力さえ無くなってしまった父の言葉。その翌日、父は深い眠りについた。
お父さん、あなたのお葬式を見せてあげたかった。沢山の人が来てくれたんだよ。「力になりたい」「何かやらせて」と手を差し伸べてくれた人、「何も気付かず申し訳なかった」と頭を下げた人。仕事で葬儀には来れないと言っていた人が、「どうしてもお線香をあげたくて」と、作業着のまま来てくれた人もいた。お父さんがみんなに愛されていたことが嬉しかった。父の頑張りが職場で認められていたことが誇りに思えた。
癌に冒されても、最後まで一度も八つ当たりをせず優しかった父の強さや愛の深さを私は絶対に忘れない。
ありがとう、お父さん。
大好きだよ。今までも、これからもずっと。