父へ 60代 静岡県 第14回 銀賞

親父のこころ
阿部 廣海 様 67歳

 我が家は四代続く村の鍛冶屋である。のどかな山里に朝からトンチンカンチンと槌の音が響く。

 機械化による大量生産、大量消費がまちの個性と人の美意識を失わせてしまった。と、亡き親父は嘆いていた。

 「あの部落の土は石ころが多いから幅の広い鋤にしよう」「あそこの村の畑は軟らかい薄刃の鍬にしよう」「〇〇さんは小柄だから鎌の柄は少し短くしてあげよう」などと、それを使う人や土の性質まで考えて一つひとつ違ったものを作った。時には馬や牛の性格までも頭に入れて、それに合った農具をこしらえたという。人に個性があるように道具にも個性をもたせなければいけない。これが親父から受け継いだ私のポリシーだ。

 「ヒロ! 鍛冶屋になる前に人間になれ、ものづくりは人づくりじゃ」親父の口癖だった。貧乏だったが鍛冶屋の面白さ、奥深さをとことん教えてくれた。俺はこのまちが好きだから、人が好きだから、一品生産にこだわり、この仕事に精魂を傾けて鍛冶屋を守っていくよ。

 幸い息子がこの仕事を継いでくれている。何よりも心強く嬉しい。とはいえ、時代は変わりつつある。NC 機器やCADソフトを導入して息子なりに新しい鍛冶屋を模索しているようである。しかし仕上段階の工程は、あくまでも手作業に拘る。

 「個に対応した商品を作ることがオレの流儀さ…… 」と、きっぱり言い切る。親父譲りの頑固さも頼もしい。

 親父が亡くなってもう十年も経つんだね。二人三脚で毎日トンチンカンチンやった頃が懐かしいよ。今は息子とトンチンカンチン汗を流す。

 俺も息子も金儲けの野望など微塵もない。ただあるのは、この仕事への〝誇り〟だけだ。熱い職人魂が心を揺さぶるから俺はこの仕事をずっと続けていく。親父の心も伝えていくよ。見守っていてくれよな親父!

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