父へ 40代 東京都 第11回 入賞

お父さんごめんなさい、ありがとう
山本 幸子 様 47歳

 お父さんへ

お父さんが肝臓がんを患い五十一歳という若さで亡くなったのは、私が十七歳の冬でしたね。あと五年もすれば私はお父さんの年齢を越えます。

私には夫と二人の男の子がいます。大切な家族です。上の子は中学受験することを決め毎日頑張っていますよ。下の子は天真爛漫、私よりお兄ちゃんが好きだそうです。

上の子はやがて反抗期を迎えるでしょう。お父さんの闘病中、私は反抗期まっただ中。気恥ずかしさが先に立って、なかなか優しい言葉をかけることができませんでした。今でも時々思い出しては後悔します、一時退院したお父さんと二人で居間にいた時。「お父さん、頑張って」と言いたかった。言おう、言おう、今言おう。心臓ばかりドキドキして口はちっとも動きませんでした。そこにお母さんがやって来たので結局何も言えず終い。その後も励ましの言葉はかけられないまま、お父さんは逝ってしまいました。押し黙る娘と二人のあの時間、お父さんも居心地悪かったでしょうね。つまらない意地を張らなければよかった。

子どもたちにお父さんの話をよくします。聞きたがるのです。心が優しく仕事が大好き、家族をとても大切にしていたと話をしていると、不意に込みあげてきて言葉に詰まることがあり自分で驚きます。お父さんが亡くなって四半世紀も経ったのに、と。大切な人を亡くしたら、何年経っても悲しさがすっかり無くなることはないのだなとあらためて思います。

しかし残された者は幸せに暮らすべきだと私は思います。お母さんも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、仕事やそれぞれの生活で毎日忙しくも充実しています。たまに実家に集まると他愛のない話で笑いあいます。何事もなく日々過ぎることがありがたいです。

お父さん。あのとき何も言えなくてごめんなさい。そして、ほんとうにありがとう。

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