父さん見えますか、其処から、今の私を、あなたが六才から男手一つで頑張って育ててくれたあこちゃん、もう六十八才になりましたよ。
今、思うと、父さんは本当に素晴らしい人でした。元気だった母さんが、突然、脳出血で倒れ、その日のうちに父さんに一言の別れも言わず亡くなったあと、父さんが私に涙を見せたのは、たった一回だけ、火葬場で母さんの姿が煙と化して空へ昇って行った、あの日だけでしたね。
その翌日から父さんは、悲しみを顔に出さず、仕事と家事を器用にこなし、一人二役、母さんの愛情も忘れない様にと、私を優しく包み込む様に育ててくれました。
そんな父さんの口ぐせは、「悲しみは淋しさに変わり、そして、ゆっくりと優しさに変わっていくんだよ」、でしたね。
父さん、今の私は、その言葉が分かります。
夫がパーキンソン病と診断された十数年前の悲しみ、その後、脳手術、誤嚥性肺炎と長い入院生活。
一人帰宅し、暗い玄関で鍵を開ける時の淋しさ。
でも父さん、今の私は、その悲しみ、淋しさを乗り越える事が出来ました。
夫は、今、私のそばにいます、家で静養しています。
「あんた誰?どこから来たの?」
なんて、時々聞いてくる夫に、私は、優しい笑顔を忘れずに、
「あなたの一番大切な奥様、否、女神様だよ」と答え、夫に「ありがとう!」と、感謝の言葉までもらっているんです。すごいでしょう。
いつか、父さんのそばへ行ったら、
「あこちゃん、頑張ったね」と、ほめて下さい。その時、私は「父さんの、おかげです。父さんが私を育ててくれたから…」と答えます。
その日を楽しみに、優しい介護をします。
見てて下さいね、父さん。