父へ 50代 群馬県 第6回 入賞

父への手紙
高山 恵利子 様 59歳

 病床の父さんは目覚めると、「エリコの家まで行こうとしたけど、道が分からなくなった。今度連れてってくれやあ」と、いつも義姉さんに頼んだそうですね。父さんは夢の中でも、私の家に野菜を届けようとしていたのですね。

夫の会社が倒産してから、父さんは野菜を積んで、頻繁(ひんぱん)に我が家を訪れるようになりました。高齢の父さんが長距離を運転して野菜を届けてくれる、それだけで十分なのに、目的は他にあるように思えました。父さんは逼迫(ひっぱく)した我が家の家計を心配して、何らかの援助をしようと、私からの申し出を待っているようにみえました。私が弱音を吐けば、待ってましたとばかりに、わずかな老後の資金を提供するつもりだったのでしょう。パートから正社員になって働いていた私には、父さんの気持ちが負担でした。だから父さんの軽トラックが玄関に到着するたび、私は露骨に嫌な顔をしていたのだと思います。父さんはすまなそうに野菜を降ろすと、お茶も飲まず帰っていきました。あのとき一緒にお茶を飲んで気持ちを伝えていたら、父さんは迷子にならなかったかもしれません。そっけない私の態度が父さんを迷子にさせたのです。頑(かたく)なに父さんの優しさを拒(こば)んでいたことが悔やまれます。

先日は父さんを偲(しの)び、兄妹が集まりました。夕方雪になったので、兄さんが安全な道路まで私の車を追走してくれました。ルームミラーに小さく写る兄さんの車を見ていたら、父さんがそこにいるような気がしました。父さんもまた私が山道を抜けるまで、追走してくれていたのですね。父さんを拒否しながら、父さんの野菜を食べ、父さんの存在を背中に感じ、強がっていた私です。

父さんが今もなお、私の家を探しあぐねているのなら、今すぐ迎えに行きます。家に着いたら野菜を降ろし、二人でお茶を飲みましょう。そして父さんの娘に生まれた幸運を、感謝をこめて伝えます。父さんが永遠に迷子にならないように、私の心を伝えたいのです。

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