「おとうさん。この頃よくあなたの夢をみます」一度も“ありがとう”っていえなかったことを長い間後悔し続けているからだと思う。実の父でないことを知った五才の時から、私はあなたに甘えることを封印してしまった。
生まれてすぐに戦災孤児となった私を我が子として引きとってくれ、母となってくれた人と一緒に本当に可愛がってくれた。
私が三才の時、その母は防空壕で焼夷弾(しょういだん)をあびて五十人の人と共に帰らぬ人となり、母の腕の中でたったひとり生きのこることができた。その後再婚した人が私の新しい母となったが、私を育てることを拒(こば)み続け、ことあるごとに、おとうさんを責め続けていましたね。あなたへの申し訳なさ、胸中を思い、二十才で家を出ることを決意した日、「すまないな和子、すまない」と何度も頭を下げて見送ってくれた。
その後、夫となる人にめぐりあい父に告げた時、心からよろこび安心してくれた笑顔を今だに思い出します。
そして夫に「和子は私の娘です。大事な大事な私の娘です」といってくれた時、あなたの哀しみと深い愛を受けとめることができた。母の手前、甘えることが許されなかった娘のつらさを父は詫(わ)びた。
おとうさん、あなたもまた耐えてきたことをその時初めて深く知ることができたのです。
「おとうさん、ありがとう。あなたのおかげで道をはずすことなく生きることができたよ」
一緒に暮らして孝行したいと思っていた矢先あっけなく逝ってしまった。
そしてとうとう「ありがとう。大事に思っていてくれて」のひと言を伝えることもできなかった。許してね、おとうさん。
今は、支えてくれる夫と娘が側にいてくれて幸せな日々を過しています。
でもおとうさんが好きだったコーヒーを淹(い)れる度にもう一度一緒に飲みたいなァと思う。あしたはお父さんの分も淹れるね。一緒に飲もうね。クッキーもそえて。