お母さん‼86歳まで生きてめて貴女を呼び、初めて手紙を書きます。貴女は死期を悟ったある日「一度でいいから常代を抱かせて」と泣いてせがんだそうです。その時おばあちゃんも泣きながら「それは出来ないヨ、今この子を抱いたら病気がうつる。この子だけは生かさねば……」。
お母さん、貴女は86歳の私を抱けますか。私はめっきり体力が落ちて、25歳の貴女を抱けません。ならばハグをしましょう。
ああ、お母さんの肩の細いこと。人生の花ざかりで病を得て、25歳で旅立った悲しみの果ての細い肩ですネ。
お母さん、貴女は結婚後、肺結核を発病し、長女静子に病をうつして死なせ、再び私を妊娠と分かったら、肺病は家を滅ぼすとの理由で離縁されたそうです。
長女の位牌と身重の身で、貧しい実家に返された貴女。生れ家とは言え既に兄嫁も居り、どれ程肩身せまい思いで暮した事でしょう。私が三月生れで、貴女が十月の旅立ちですから、この間どれ程悲しかった事でしょう。私も一度も抱かれる事もなく、一滴の乳も飲まず重湯だけで、痩せた猿の様な赤子だったそうです。
明治生れの祖母は、無知な農婦として働くだけの中で「久美(母の名)に常代は抱かせぬ。乳も飲ませぬ」との決断が私の命を守ってくれました。お母さん‼おばあちゃんを恨まないでね。私はおばあちゃんのお陰で、健康老人として健診の度にほめられています。
でも遠からずそちらに行きます。その時は小さく軽くなって行きますから、しっかり抱いてネ。
美人だったらしい貴女に一度抱かれてみたいのです。
だから抱いて下さいお母さん‼