母へ 30代 東京都 第13回 入賞

おふくろの背中
小松崎 潤 様 37歳

お袋、俺がけいれんした時の注意事項をもう一度伝える。

一、名前を呼んだりしない。

二、体を押さえない。

三、激しく揺さぶらない。

それなのにお袋は。俺にてんかんの発作が起きると「潤! 潤!」と窓が割れるような声で叫んだ。さらに肩を掴(つか)んで、首がもげそうなほど激しく揺さぶった。

学校で発作が起きた時もそう。交番の前で倒れた時もそう。取り乱すお袋に先生や警官が第一声。「落ち着いて! お母さん」。それはもう恥ずかしかった。意識は朦朧(もうろう)としていたけれど、そのやり取りだけは鮮明に覚えている。

倒れるたびお袋は血相を変えて飛んで来た。発作がおさまると、いつもお袋の自転車に乗って帰った。自転車がパンクした時は、おぶわれて帰ったこともあった。夏でも、冬でも、お袋の背中は汗でビッショリ。だけど背中に頬をくっつけるとほんのりやさしい香りがした。

今も俺はてんかんのせいで車の免許は取れない。保育園の送迎も毎朝自転車。

つい数日前、保育園から息子の発作が出たと連絡が来た。そりゃもう気が動転した。慌てて迎えに行ったものの、気づけば「お父さん! 落ち着いて」と俺がなだめられていた。結局、俺もお袋と同じだった。

帰り道、俺の背中でさっきまで苦しそうだった息子がスーッと寝息を立てた。それを聴くなり、安堵(あんど)し、なぜだろう、少し胸が熱くなった。お袋もこんな不安や緊張を抱えていたのかと思うと胸が締め付けられそうだった。

いずれ息子が「車に乗ってみたい」と言う日が来るかもしれない。

だけど俺は言うつもりだ。おぶって貰った時の背中の温もりや、頬をくっつけた時の背中のやさしいにおいは、どんな車でも味わえないんだって。

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