父へ 30代 東京都 第12回 入賞

冷たい百円玉
小野 史 様 39歳

 小学生のころ、週末になるとよくおつかいをたのまれて、近くのコンビニに行きました。

お父さん、覚えていますか。おつりが足りなかった日のことを。

レシートとおつりを見比べて、「百円足りないな」と、お父さんがつぶやいたとき、胸がドキドキしました。「どうしたんだ? 」と訊ねられて、とっさに、「わからない」とぼそりと答えてしまいました。

コンビニまでもどり、店員さんに確かめて、いっしょに道に落ちてないか探しましたね。ポケットの中の百円玉が、ひどく冷たく感じました。

あのあとこっそり買ったラムネは、いつもよりうんと酸っぱく感じたな。

ついこの前ね、娘が勝手におさいふを持ち出しちゃったの。ちょっと遊んでくるって出ていったんだけど、帰ってきたとき、手さげバッグから家のおさいふを見つけてね。中を覗いたら、レシートが入っていたわ。問いただしたら。すぐに謝ってきた。でも、ちゃんと反省してないなって、直感がしてね。

「うそをついて食べるお菓子は、どんな味がした?」って訊ねたら、じっと黙っているから、もう一度そっときいたの。

「おいしかった?」って。そしたら、娘は泣きながら首をふったわ。

お父さん、あのとき私がうそをついていたことに、きっと気づいていたんだよね。裏切ってごめんなさい。

お金の大切さを教えてくれて、どうもありがとう。

どうか、愛娘がまっすぐ健やかに育つよう、天国から見守っていてくださいね。

 

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