母へ 30代 神奈川県 第11回 銀賞

伝わっているよ
朝野 康彦 様 35歳

 電車に乗るわけではないのに、ついつい駅の構内に入ってしまうことがある。そこで流れる、音声案内を聞きたいから。音声案内の女性の声が、母さんに似ているから。もうこんな癖が、10年近く続いている。10年たってもまだ、母さんの声が聞きたくなる。

10年前、脳卒中で突然この世を去ってしまった母さん。意識を失ってから1週間、がんばってこの世界にいてくれたね。会話はできなかったけど、「ありがとう」と「さようなら」を言わせてくれたね。

あれから、母さんの後を追うように、おばあちゃんも亡くなったよ。空の上で、もう会えたかな? 2人でのんびりお茶でも飲みながら、見守っててね。母さんとおばあちゃんが、島根弁で長電話していた思い出話をすると、いつもみんなで笑ってしまう。母さんとおばあちゃんのことを、みんな大好きだったから。

母さんが亡くなった時、まだ生後6ヵ月だった息子は、もう10歳になったよ。あれから、長女と次男も生まれて、今は5人家族で楽しくやってるよ。

母さんはよく、「あんたは小さいころは、天使のように可愛かった」って言ってくれたね。長男と初めて会ったときも「天使の子はやっぱり天使ね」って喜んでくれたよね。まだ先になるだろうけど、もし僕にも孫ができたら、同じ言葉を贈りたいと思ってる。母さんからもらった愛情を、子供にも、孫にも伝えたいから。

もうこの世にいないのは頭で分かっているはずなのに、母さんの声や面影を色々なところで探してしまう。だけど、最近気がついたんだ。子供たちの笑顔の中に、母さんの明るさが見えて、僕を元気にしてくれる。子供たちを見守る妻の背中に、母さんの優しさが重なって、僕を強くしてくれる。子供たちと話す自分の言葉に、母さんの意思を感じて、僕の背中を押してくれる。

みんなの中に、母さんが生きている―。そう思えるから、1日1日を大切に、生きていこうと前を向ける。母さんの愛は、みんなに伝わっているよ。

 

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