母へ 80代 神奈川県 第6回 銀賞

お母さん、ごめんなさいね
吉開 清子 様 85歳

 お母さん、私を生んで下さったお母さん、あなたの名前は「長野クラさん」というのですね。あなたの娘清子は八十五歳になりました。この年になってとても残念なことが一つあります。それは、あなたのお顔もお姿も知らないことです。何故ならあなたは私を生んで間もなく亡くなってしまったからです。私が三歳になったころ、二度めの母が来ました。私はその人を本当の母親だと思って育ちました。その人はとてもきびしくて、返事が悪いといっては叱(しか)り、勉強ができないといっては叱りました。私は母親というのはこわい人だと思っていました。成人して二十歳を過ぎた頃、母の実家の集落の集会に出て、ふとしたことから今の母が実母でないことを知らされました。それは大変なショックでした。生みの母親のことを知りたいと思ってもどうすることもできませんでした。結婚して自由になってから、早速区役所に行って戸籍を調べました。お母さんの生家は筑後川上流の山田村ということがわかりました。私は不安な気持ちをおさえてお母さんの生家をたずねました。初めて会った私に「クラちゃんは、わしが妹たい」と言ってそこの御主人は涙を流して喜んで下さいました。お母さんのお姉さんや弟さんにも会いました。みんなやさしくしてくれました。写真も見ました。目の細いやさしそうな人でした。

私は、晴れ晴れとした気持ちで、いつの間にか歳月を重ねてしまいました。

去る六月十七日に、主人が急性腎不全で、突然亡くなりました。主人の位牌(いはい)を見て急に思い立ったのです。この際、生母クラさんの位牌を作って主人と一緒に供養したいと思うようになったのです。早速私の実家の甥(おい)にたのんでクラさんの戒名を調べてもらいました。

これからは主人とお母さんの位牌を並べて供養することができるのでホッとしています。

お母さん、長い間供養もせずにごめんなさいね。あの世へ行ったら、うんと甘えさせて下さい。清子の長年の念願だったのですから。

 

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