祖父へ 30代 神奈川県 第5回 入賞

おじいちゃん、私頑張ってるよ
髙野 誓子 様 32歳

 「真面目に勉強やっとるか」遠く離れた祖父の家に行くと、第一声はいつもこんな感じ。会えば勉強のことばかりの祖父に、次第に距離を置くようになった。

数年前、豪州に語学留学した。最初は口うるさい祖父から解放された喜びにうかれていたが、慣れない海外生活に、気づけばすべてを投げ出したくなっていた。そんな時ふと思い浮かんだのが祖父。私は迷わず電話した。久しぶりに聞く祖父の声は細くて小さくて、明らかに病気が進行している気がした。うまく言葉にならずすぐに電話を切ろうとした私に、「大丈夫か?お前は十分頑張ってきたんだから、もう頑張るな」と言った。心のすべてを見透かされている、そんな気がした。熱くなる感情をぐっとこらえ、「わかったよ、じゃあね」と明るい声で答えて電話を切ると、涙が溢れ出した。今まで厳しいだけだった祖父の優しい一言に、私は駅の片隅で声を押し殺せず泣き崩れた。

それから必死に勉強して、卒業までに上級レベルに上がることができた。この喜びを祖父に伝えたくてまた電話をかけた。長い呼出音の後、なぜか母が電話に出た。「おじいちゃんは?」と聞くと、「落ち着いたら帰ってきなさい。なるべく早くね」それだけ言うと、あとは何一つ話そうとしなかった。私も怖くて聞けなかった。母の言葉が何を意味するのかすぐに分かったからだ。

慌てて帰国したが無念な結果が待っていた。母は語った。あの電話の約2週間後、祖父は天国へ旅立ったこと、留学を決めた時、猛反対の両親を祖父が説得してくれたこと、心配をかけまいと自分の病状を絶対に私に言わぬよう母に念を押していたこと。なぜもっと祖父の優しさに素直になれなかったんだろう。悔しさに心が乱れた。

月日が流れ、私は現在32歳。今春より学生になった。晩年病気で口腔内まで侵され、大好きな食事がまともにできなかった祖父。それが忘れられず、将来、歯科衛生士になることを決心した。

今祖父に伝えたい。「おじいちゃん、私一所懸命生きているよ。どんな困難にも立ち

向かって絶対に夢を叶えるから。だから私のこと、ちゃんとみててね」と。

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