兄へ 50代 千葉県 第5回 佳作

兄さんへ
斉藤 まち子 様 59歳

 母さんが逝った夏、兄さんは十八歳、私は三歳だったね。父さんが亡くなったのは、七年後の春。幼いうちに両親を失った私が不憫だったのかな。兄さん、私に甘かったよね。

出張があると必ず、お土産を買ってきてくれた。白地に青い小花の散ったワンピース、裾とポケットにチェックの折り返しのある赤いマンボズボン、鉄琴、リボン……。今でも、ひとつひとつ、はっきり覚えてるよ。

帰宅はいつも深夜で、喜ぶ顔見たさに、寝ている私をゆり起こしたね。でも、寝ぼけていた私はただ、ぼーっとしていて。朝になって、枕元にお土産を発見するたび、嬉しさとすまなさで一杯になった。駆け寄って「ありがとう」が言えるほど、素直でもなくてさ。兄さん、あの頃はごめん。

九年前、私は余命半年の宣告を受けた。兄さんは、何度も長い手紙をくれたね。“ あきらめるな“ って。私、兄さんに根負けして、“ しょうがない、動いてみるか“ って思ったの。大学病院へ移り、手術も受けた。今生きているのは、兄さんのお蔭だよ。ありがとう。

六年前のあの日は、雪だった。病院から帰ったら、留守電が点滅してた。無言電話だったけど、兄さんからだと直感したよ。電話をかけたら、一回目の呼び出し音で出たね。「大丈夫か?」って、一言。ほーっと、長い息を吐いた。「兄貴より先には死なせない」なんて、いつもの冗談めかした口調で言ったから、「じゃ、私、相当長生きするんだ」って、軽口を返して受話器を置いた。その夜だったね、兄さんが倒れたのは……。兄さん、最期まで心配かけてごめん。

兄さんのいない世界は、全然、面白くないよ。でも、何とかがんばって生きていく。私の中の兄さんの記憶が消えてしまうの、癪だからさ。そして、兄さんに直接伝えられな

かったことばを、言い続けるよ。たくさんの、「ごめんね」と、「ありがとう」を……。

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