母へ 40代 千葉県 第11回 銀賞

大丈夫、大丈夫。
川本 早苗 様 46歳

 生まれも育ちも下町で、江戸っ子だったお母さん。お父さんと二人で惣菜店を切り盛りして「はい、おまけ」「今日はキンピラが美味しいよ」って店内は元気な声が響いていたね。買い物はしないけど、お母さんとお喋りしたいからって来てくれるお客さんもいたくらい、笑顔の絶えない店だったね。それと、お母さんの口癖だった「大丈夫」って言葉。笑顔とその言葉は家族やお客さん、みんなの元気の素だったね。

なのに、私はいつも不機嫌で、最期の会話も「会社に行きたくない」って愚痴ったら「大丈夫。気を付けて行っといで」って優しく言ってくれたのに、「何も知らないのに簡単に大丈夫って言わないで」って、顔も見ずに出かけてしまった。お母さんが自宅で倒れたって会社に連絡が入って、病院に駆け付けた時、もう間に合わなかった。くも膜下出血だった。お母さんが最期に見た私は、不機嫌で可愛くない娘だったね。あの時「ありがとう。頑張る」って、どうして言えなかったのかな。ひどい事を言って、ごめんね。今でもずっと後悔している。本当にごめんなさい。

あれから二十三年、私はお母さんの亡くなった年齢になったよ。私が嫌っていた、お母さんの口癖「大丈夫」は、今、私の口癖になっているんだ。可笑しいよね。

今ならね、お母さんの「大丈夫」って言葉の意味、分かる気がする。あなたの努力を知ってる、見守ってるから「大丈夫」。大変そうだけど応援してる「大丈夫」。話聞くよ、心配してるけど「大丈夫」。お母さんの「大丈夫」って相手の心に寄り添う、優しい言葉だったんだよね。

最近は高校生の息子に手を焼く毎日。でも、今度は私が家族に「大丈夫」って声をかける番だよね。時々、お母さんに似てきた自分を鏡で見ながら「大丈夫だよ」って呟(つぶや)く時もあるけど、でも「大丈夫」の意味を知っている私は、昨日より笑顔が増えているから。ねえ、お母さん、私は大丈夫だよ!

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