祖母へ 50代 愛知県 第9回 入賞

おばあちゃんの魔法
和泉 真弓 様 58歳

 「風が来た」。木枠の窓が小さくカタカタと鳴り出す。次々と他の窓が震え出し、ガタガタン。といった後、おばあちゃんちの二階はまた、静かになった。風が見える木の窓が大好きだった。ビビビビと窓が、ブルブルと床が震え出すと、もうすぐバスが来る。一日に数本しかこないバスは、おばあちゃんちの窓いっぱいに怪獣のように映る。ぐらんぐらんと巨体を揺らし通り過ぎる。小一だった私がバスに乗って遊びに来た時、ずい分とむこうに窓から身をのり出して手をふる小さなおばあちゃんが見えた。土間の玄関をあけると、カラカラカラと軽い音。まっ先に掘りごたつに向かい、おひつのごはんをおばあちゃん手作りのおつけもので三杯たいらげる。まきでたいてくれたごはんは冷めてもおいしかった。

いつもあけっ放しのおばあちゃんちに泥棒が入った。荒らされた跡はなく、ただおひつが空っぽになっていた。誰も怒らなかった。「おなかがすいていたんだね」とおばあちゃんは言った。おばあちゃんは困っている人がいると財布ごとあげてしまう。「また⁈」という家族に「うちはおつけものとごはんがあるから」と言った。

夢中で遊びほうけた小学生時代の私は一切勉強をしなかった。なのにおばあちゃんはこう言った。「まゆみちゃんは中学生になったらのびるよー」。何の説明もないナゾの言葉。それは時に、浮かんだり、消えたりして、やっぱりナゾのまま私は小学生時代を終えた。中学生になると、どういうわけか、とたんに勉強がおもしろくなった。─おばあちゃんのナゾの言葉⁉─おばあちゃんの魔法にかかったんだろうか。「どうしてまゆみちゃんが教師になれたのかなあ」。小学生時代の友人たちは首をかしげる。

十のうち一しか話さないといわれていたおばあちゃんなのに、たくさんの言葉とたくさんの言葉じゃない言葉を覚えている。私の生きてきた中で、それらは段落の冒頭のことばとなり、改行のきっかけとなってきた。おばあちゃんの魔法にかかって大きくなった私も、もうすぐおばあさんになるよ、おばあちゃん。魔法が使えるかな。

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