祖父へ 20代 大阪府 第9回 入賞

好青年から老紳士へ
岸本 玄樹 様 29歳

 じいちゃん、ごめんなさい。僕はどうやら飲兵衛(のんべえ)になってしまったようです。じいちゃんがあんなに身をもって教えてくれたのに。毎日ニコニコ笑いながら肩を支えられて帰ってきて、大声で歌いながら靴を脱いで、脱げずにそのまま家にあがりこんで、小学生の僕に足払いをかけて、抱きついてキスして、頬ずりしながら笑って寝ていたじいちゃん。

こんな風になっちゃ駄目だと、ばあちゃんの冷たい目を見て悟ったはずなのに。じいちゃんが歌いながら帰ってくるたび、何度も固く心に誓っていたはずなのに。

言い訳をさせてもらうと、僕はきちんと節度を守ってお酒を飲んでいるつもりなのです。しかしながら、僕の周りの人が言うには、「あんたは爺ちゃんの血をひいたねえ」「流石(さすが)おじいさんの孫だ、もっと飲め」「はい、いただきます、そっちの日本酒いいっすか?」「あんたもうやめときなさい」「うるさい歌うぞ」とのことで、どれだけ僕は酔ってませんよ、たしなむ程度に抑えてますよと言っていても、周りの人が、じいちゃんに瓜二つだと言うのです。おかしい、そんなはずはないのに。僕はきちんとしているはずなのに。

じいちゃんが今の僕を見たら何と言うだろうかと思うと、恥ずかしくて夜も一升瓶が手放せません。それとも、あるいはじいちゃんも今の僕と同じように、当人は至極冷静でありながら不思議と周囲の人に酔態を窘(たしな)められていたのでしょうか。

ひょっとして今の僕があの頃のじいちゃんを見たら、とても立派な老紳士に見えているのかもしれませんね。じいちゃんも僕のことを滅多にない好青年と見てくれるような確信があります。

老紳士と好青年。二人でバーカウンターに座り、グラスを傾けながら談笑したならきっと映画のワンシーンのように見えたことでしょう。周囲から感嘆の溜息が漏れる音が聞こえるようです。ジェントルマン同士、きっと僕たちはとても気が合う飲み友達になれたに違いありません。顔が少し赤らむ程度に飲み、ほろ酔い加減に鼻歌を大声で口ずさみながら、しっかりとした足取りでふらふらと家に帰り、一緒に土足で家にあがって、ばあちゃんから慈愛に満ちた仁王像みたいな目線を向けられて。

ああ、じいちゃん、おじいちゃん。一度でいいから、一緒にお酒、飲みたかったなあ。

 

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